Alright

インターネット・デトックスの聖地、恐山に行ってきました!境内に入るや否や金属探知機のお出迎え。まるで国際線のようなボディチェックが異世界への旅立ちを予感させます。門番が矢継ぎ早に滞在の目的を問うてきますが、己をさらけ出すという意味でも正直に答えます。グーグルマップで評判が良かったから。

僧侶は仁王像へと変貌し、力づくでインターネット・ユーザーを追い出そうとします。そう、相撲がすべてを決める。曹洞宗は只管打坐を標榜し、穏やかな宗派としてのイメージを打ち出していますが、そこはやはり禅宗。仏に会えば仏を殺し、インターネット・ユーザーに会えばインターネット・ユーザーを殺す。力なき者は悟りに近づくことさえかなわない。

太刀打ちできない。仕方がないので下山します。逆方向へと進んでいくと渓流があり、秘湯に浸かるサルの姿が見えます。渓流の木陰の隙間からは、遥か遠くに輝く浜辺がうっすらと覗いており、絶景というほかありません。入るか入るまいか悩んでいると、サルが怯えたような顔で、しかし堂々と語り出しました。

「想いを知りつくして、激流を渡れ」

激流とは何のことなんだろうと思うや否や、コバルト色の空と海風が眼前に押し寄せ、息つく間もなく私を恐山の門前へと運びました。しばらく動けませんでしたが、どうにか気を取り直して再び門番と相対します。激流を渡りたい。そう告げると、門番は納得した様子で拳を振りかざし、勢いよく私の頬を殴りつけようとしてきます。間一髪かがんで拳をかわしたものの、そこは百戦錬磨の禅僧といったところ。すかさず飛んできた足払いを避けることができず、衝撃と共に視界が暗転。

しばらく気を失っていたことに気が付いたのは、鈍痛によって見開いた目が暗闇を捉えたからでした。夜になっている。もう一つ気が付いたのは、ここが門の内側だということ。先ほどまでは広々とした駐車場のそばにいたはずが、今ではその駐車場が門の向こう側に見える。門番が情けをかけてくれたのかどうかはわかりませんが、恐山では17時を過ぎると外界に出られなくなると言います。一度足を踏み出したら戻ってこられるかは不明。そうであるならば、このチャンスを逃すわけにはいかない。

恐山の宿である宿坊や本堂には近づけません。気が付かれたらつまみ出されるに決まっている。ここは野宿一択でしょう。幸いにも恐山にはいわゆる地獄があり、そこを抜けると極楽浜という浜辺もあるようです。深夜であればそのあたりに近づく人もいないでしょうし、動物の類も人里近くまでは下りてこないはず。火山の噴火によって形成されたという岩場を這うようにして進んでいきます。スマホの光だけが頼りです。

小高い丘の上に、小さなお堂らしき建物が見えます。このあたりまでは順調に進んできたのですが、浜辺に近づく道を見失ってしまいました。GPSでおおよその方角は分かるものの、道が見えない。方角だけを頼りにお堂の左手を潜り抜けていくと、サーファーの大好物である高波のような形に広がった岩肌に突き当たりました。何やら文字が刻まれているのが見えます。

映画やTV番組、アニメが見放題
映画やドラマをもっと自由に。いつでもキャンセルOK。
まもなくご視聴いただけます! メールアドレスを入力してメンバーシップを開始、または再開してください。
メールアドレス       今すぐ始める>

万が一始めてしまったら、永遠に岩肌を離れられなくなる予感がする。後ろ髪をひかれつつもこの道は諦めることにします。お堂まで戻り、今度は右手方向に抜けていくと、そこには荒れてはいるものの踏めないことはない階段が出現しました。足を踏み外さないように慎重に慎重に登っていっても、一向にどこかに辿り着く気配がありません。しかも、どんどん纏わりつく虫の数が増えている気がします。振り払ってはいるものの、間違いなくその度ごとに精神の余裕が失われていきます。

受信トレイ(22,569)

全てを一度に解決することはできません。一度お堂に戻って、道を再確認してみることにしました。ぐるぐるとお堂を回ってみると、なぜこんなしっかりとした道を見逃していたのか不思議なほどわかりやすい道がお堂の真後ろに見つかりました。これなら道なりに進むことができそうです。だんだんとさざ波の音が増してきます。ゴールはもう近い。ついに月光を反射する湖面が見えました。

しかしそこからが遠い。浜へと通じる道だと思って進んでみると、どこかで必ず中洲に行き着いてそれ以上進めなくなってしまう。それぞれの中洲の水面にはぼんやりとした人影が写っていて、覗き込んでみるとその姿は消えていきます。中には非常に魅力的な異性の姿をしたものもあり、水に足を踏み入れようかと思いましたが、なんとかその誘惑を振り払っては道を探ります。今思うと、あれは一種の底なし沼だったのでしょう。

ついに。ついに開けた湖面に辿り着きました。月明かりの中に、うっすらと浮かび上がる後ろ姿があります。かなりの猫背でヤンキーのように座り込み、毛むくじゃらの手には小さな光が宿っています。その光は蛍のように浮かび上がってたゆたうと、湖面へと吸い込まれ、一瞬の静寂の後に水龍となって浜辺へと押し寄せました。不思議と威圧感はなく、むしろ飲み込まれることで穏やかな気持ちになっていきました。どれほどの時が経ったのか定かではありませんが、濁流の中を泳いで下界へと戻ってきた私は、それ以来インターネットに囚われずに暮らしています。