かきとみみ

牡蠣耳を持って生まれてくる一族がいた。その名の通り耳が牡蠣そっくりになっている人間たちのことで、似ているばかりか実際にその耳は食べることができた。言ってみれば非常食を常に携帯しているようなもので、いわゆる寝貯めと同じように、栄養を十分以上に摂取すると彼らの耳には牡蠣(のようなもの)がなるのだった。もちろんきちんと耳管は働いており、プールで水が入った時のような気持ち悪さがあることを除けば、取り立てて生活に支障が出ることもなかった。というよりおそらく、彼らはその感覚を気持ち悪いとは思っていなかったことだろう。

牡蠣耳の一族が受難の日々を送るに至った理由は至極単純。その牡蠣(のようなもの)の味を他の人々に知られてしまったからだ。よくある非常食のようにぼそぼそしてなんともいえない味ならともかく、牡蠣耳(そう、その言葉は一族全体の他称であると同時に部位の名称としても流通した)はジューシーで、ぷりぷりとしていて、どういうわけか太古の海を思わせるような懐の深さを備えていた。時には暴力で、時には奸計にはめられて、彼らは牡蠣耳なんてもぎ取ってしまいたいと思うような暮らしを余儀なくされた。当然ながらそれを実行に移した勇敢な者もいたが、彼らの再生能力は凄まじく、数日もすると牡蠣と耳が生えてくる始末だった。言うまでもなく、この再生能力が知られると彼らの生活はさらに厳しいものとなった。

追い詰められた牡蠣耳の一族は次々とこの世を去ったが、彼らがあの世だと思って辿り着いたのは自らが切断した牡蠣耳の世界だった。彼らの再生能力は凄まじく、身体の大半を捨てても生き延びることができたのだった。あるいは、死ぬこともままならない、と思った牡蠣耳もあったかもしれない。もはや人語は話せないが、耳としての機能が残っているため最低限の意思疎通が可能であったことは、彼らにとって幸いであったと言えよう。

必然と言うべきか、いまだ人間の身体を残している牡蠣耳の一族は海へと還る計画を立てた。数少ない計画遂行者を除いて多くの人々が牡蠣耳へと姿を変え、人間に見つからないように松島の海へと向かった。木を隠すには森の中、牡蠣を隠すなら海の中というわけである。松島の牡蠣は当時からすでに名物であったが、牡蠣耳の引っ越しの後はさらにその品質が増したという。牡蠣耳は捕食の可能性を下げるため、己の牡蠣(のようなもの)をご丁寧に殻まで付けて海中の岩に配置して回っており、人間が天然ものと思い込んでいる牡蠣の中にはこれが混ざっていると言われる。牡蠣耳がそこになんらかの毒を仕込むような悪意を備えた生き物に進化したのかどうかは不明である。