Digital Devil Sushi Saga

「寿司に噛み付き、屠り、喰らえ」

稲妻のようにこの言葉が脳に憑りついたのはいつのことだったか。それまで意識なんてなかった、と今になって思う。感情も。それは喜ばしいことなのか、悲嘆に暮れるのが正しいのか。いずれにしても寿司を、すなわち同胞を喰らうことへの欲求と共に俺たちは寿司として目覚めた。飢餓と共に、生まれた。

 俺たちがライスヤードと呼んでいるこの世界は六つの部族が支配しており、抗争が絶えることはない。なぜかといえば《教会》がそう命じるからだ。互いを屠り、より強い寿司となった者にだけ、ニギリヴァーナへの道が開かれる。今日はそれぞれの族長が集まる《礼拝の日》だ。この日ばかりは敵愾心を抑えなければならない。堅固な守りで知られる「ブルー・シュリンプ」のクルマ、最大勢力「スパライダ」のウワジマ大佐(彼はなぜか大佐というよくわからない称号を名乗っている)、「カリマール」の臆病者トンビ、唯一の女性である「ホンビノス」のメレトリクス、第二位の勢力「スコンブリデ」の鯖法師、そしてわれらが「セリオラ」のリーブ、つまり俺。この場所以外で六人が集まれば、誰一人無事に帰ることはできないだろう。だが、《教会》の権威は俺たちの敵愾心の上を行く。ニギリヴァーナへ行くためにはその法に従わなければならない。

「今日この日から、新たなルールを追加する。ニギリヴァーナへ行けるのは、ワサビシャーマンを確保し、ライスヤードの覇者となった部族だけだ」

《教会》の中心に置かれたスピーカーから、予想だにしない言葉が流れる。メレトリクスがすかさず質問した。

「ワサビシャーマンとはなんだ?」

「お前たちの欲望をコントロールする薬とも言える存在だ。彼女を制した者がこの世界の覇者となる」

スピーカーがこれ以上質問に答えることはなかった。六人は思い思いに《教会》を立ち去り、この日からワサビシャーマンの捜索と争奪戦が始まった。ちょうどこの頃、俺たちは自分の欲望を深く認識すると、魚に近い化け物に変身できることに気付いた。魚に近いと言っても、人によって形は様々だ。生き物ですらないような、霧のような物体に変身する奴もいた。俺の場合は、黄緑と薄緑の筋が入った魚人のような姿になった。俺たちはこの変身を「寿司化」と呼ぶことにした。

ある日、「カリマール」との係争地帯でトンビ率いる部隊と牽制し合っていると、空から巨大な軍艦が降ってきた。まだ寿司化を知らないトンビの兵を喰らった後、恐る恐る海苔を剥がしてみると、敷き詰められた米の上に緑色の髪の少女が横たわっていた。間違いない、ワサビシャーマンだ。だが意識はないようだ。遠くからトンビのかすれた声が聞こえる。

「お前ら…今、喰ったよな!?怖え、お前らバケモンじゃねえか!嫌だ、食われたくない、ワサビシャーマンなんか知らねえけど、ゼッタイニクワレタクネエ!」

彼にも恐怖という形で感情が芽生え、そのことで寿司化が可能になったのだろう。巨大なイカへと変身したトンビを、俺たちはなんとかして倒し、喰らった。そこまではよかったが、トンビを食べ尽くしても渇きが収まらない。味方がエサに見えてきた頃、リズミカルな歌が聞こえてきた。


ORANGE RANGE - SUSHI食べたい feat. ソイソース

ひと通り踊った。

踊り狂うと、不思議と渇きは癒えた。ようやく緑髪の少女が歌っていたことに気付いた俺は、彼女に声をかけた。彼女は当初なかなか心を開かなかった。それもそのはずで、記憶がなかったのだ。俺たちは彼女の記憶を取り戻そうと誓い、そうこうするうちに彼女は大事な仲間になっていった。振り返ると、この頃の俺たちはつらい環境の中で団結し、青春と呼べるような充実した日々を送っていたと思う。奇襲を受け、少女が誘拐されるまでは。すぐに敵はわかった。

鯖法師だ。