Everyone can see your cards but you

ノドグロが出てくるとは思わなかった。最後から三番目、おそらくは勝負所と思われるタイミング。そろそろ中トロあたりでしょうかと思わせておいて、そんな通俗な期待を打ち砕くようなノドグロ、あるいはアカムツ。ここまで書いて、初めてマグロも目黒であり(由来は諸説ある)、寿司屋の大一番では黒が活躍するようだと気付く。回し寿司活が目黒に出店しているのもそういうことだろうか。

ノドグロだと感じる暇もなかった。マグロの場合、ものによるが、その油の中にも身の感触を感じることが多い。赤身は言うに及ばず、トロにしても魚の肉が明確に主張してくるものだろう。ノドグロもそうだと思っていた。身の感触がしっかりしている魚だと思っていた。

引っかかりがない。

油が弾け、すぐさま嚥下されていく。その素早さは花火を彷彿とさせると言ってよい。一瞬の閃光。ネオンをずっと眺めることは稀だが、花火の閃光は瞬間であるからこそ目を奪われるものに違いない。火花は本当にそのような華麗な姿を現していたのだろうか。残像はかすかに瞼に残っているが、その軌跡は実際の火花が辿ったものと同じだろうか。喉元に残る火花は追い切れないうちに素早く消え去ってしまう。

残るのは味覚の暗闇のみ。こうして喉黒という名前が理解された。

「とにかくね、僕にはね、広いライ麦の畑やなんかがあってさ、そこで小さな子供たちが、みんなでなんかのゲームをしているとこが目に見えるんだよ。何千っていう子供たちがいるんだ。そしてあたりには誰もいない――誰もって大人はだよ――僕のほかにはね。で、僕はあぶない崖のふちに立ってるんだ。僕のやる仕事はね、誰でも崖から転がり落ちそうになったら、その子をつかまえることなんだ――つまり、子供たちは走ってるときにどこを通ってるかなんて見やしないだろう。そんなときに僕は、どっかから、さっととび出して行って、その子をつかまえてやらなきゃならないんだ。一日じゅう、それだけをやればいいんだな。ライ麦畑のつかまえ役、そういったものに僕はなりたいんだよ。馬鹿げてることは知ってるよ。でも、ほんとになりたいものといったら、それしかないね。馬鹿げてることは知ってるけどさ」