東京サバ区

サバの身の断面図というか、切り身を横から見たときに模様のようになっているのが好きだ。イカではそうはいかない。もちろん包丁で切れ込みを入れれば話が別だが、イカそのものは紋様化されていない。

世田谷区はイカだ。もちろんイカはおいしい。だが寿司マフィアには世田谷区の模様は見えなかった。のっぺりとした住宅街。あの世田谷。あの世田谷はスマホ喪失者にとって、全く目印のない無機質な平面に見えた。

スマホを失ったのだった。理由、安いスマホ(フリーテル)を買ったので、ある日動かなくなった(正確には充電できなくなった)。そのため、最近はスマホなしで暮らしていて、必要なときはタブレットを使っている。だがしかし、自転車やバイクに乗るのに、それもふらっと乗ろうとしたときに、タブレットは面倒くさい。というわけで世田谷に行ったときには、何も持たずに行った。

その結果延々と彷徨うことになった。それはそうだ。ちゃんと調べていかなくて、情報機器がなければ迷子になる。それはそうだ。最終的には別に自分以外が調べてもいいのだと思い立ち、ガラケーで恋人に電話をかけ(ガラケーは小さいので持つのが苦ではない)、遠隔地から道案内をしてもらった。持つべきものは頼れる人間である。

イカはのっぺりとした表面を持っている。だから包丁で仕事をする。だが仕事をするのは包丁だけではない。歯もまた切り込みを入れる仕事をしていることを忘れてはならない。切り込みが入れられた(あるいは入れられていない)イカの表面を、さらに裂くものとして、別の方向に、別の個所に切り口を入れるものとして、あなたの歯は働く。舌はその切れ目を感知し、再び歯がすりつぶし、舌もまたすりつぶされたイカの感触を捉え直し、唾液と共に飲み込む。サバはやわらかい。どちらも味わってください。