八ヶ岳殺人事件

ついに八ヶ岳に来た。念願のボードゲーム合宿である。連休と有給をフルに活用した3泊4日のサークル旅行。いい仲間たちに恵まれたものだ。出発の二日前、八ヶ岳実行委員会を名乗るアドレスから、八ヶ岳旅行自体をゲームにしようというお誘いが来た。知らないアドレスがだが、大方誰かが新しく作ったんだろう。最近では人数が増えすぎて、誰がどこで何を企画しているのかわからない。これもそういう自分が関与していない企画のはずだ。企画の内容は、旅行に演劇要素を持ち込もうというもの。我々がたまにやるTRPGのように、キャラクターを演じて楽しんでみないか?という提案だった。TRPGをやる予定はなかったので、旅行全体をTRPG化してしまおうということか。そんなにうまくいくのか疑問だが、とりあえず初日くらいはやってみてもいいかもしれない。メールの続きを見ると、自分の設定が書いてあった。

 

寿司マフィア:寿司が好き。黒幕を知っているのでディクシットをやろうと提案する。

 

なるほど。寿司マフィアというのは自分がインターネットで使っている名前だ。今回はそのキャラで登場しろということなのかな。ただ二つ目の設定は気になる。黒幕担当のキャラクターがいるのか。そしてなんでディクシットをやるんだ。よくわからないが、なんにせよこれくらいなら乗ってやってもいい。但し書きに「設定を他人に口外してはならない、これを破ったプレイヤーには重大な罰を与える」と書かれているが、たぶんそうめん抜きとかだろう。揖保乃糸が食べられなくなるだけだ。

宿泊するのは昔旅館だったものを改装した別荘で、13人という大所帯でも個室に困らない点は助かった。皆は昨夜のうちに車で到着していたが、自分はあずさで遅れて来たので迎えに来てもらった。ちょうど昼どきだったので、食堂で合流する。そういえば設定には「全員が初対面として行動する」と書いてあったから、改まって挨拶でもしておこう。

「どうも、寿司マフィアです、好きな言葉は『寿司は逃げない』」

「寿司は生ものだから整腸剤を飲んだ方がいいよ、おれはN」

「こんにちは、無明堂(むみょうどう)です。寿司もまた悟りへの道」

「こんにちはー、茅野早海(かやのはやみ)です」

なんだこのスパイダーマンのスーツを着込んでいる女は。そういう設定にしても怖い。

「蝉丸です、百人一首で好きなのは源実朝

「ぁ…こん…こんに……ぅ……」

子犬のように震えている。

「あ、彼はレイシくん!初対面だから怖くて震えちゃってるみたいで。わたしは米子(よなご)!楽しもうね!」

「人が怖い糸冬(いとふゆ)です、よろしくお願いいたします」

「東京ドームでビールを売ってるルンバだよ!!!!!!仕事が!!!!!つらい!!!!!!」

「植物学者の倉知です、ミステリ作家の倉知とは親戚でもなんでもありませんけどね」

「呉伊太郎(くれ いたろう)です、ごいたをご存知ですか?」

「スライムが好きな山之上粘(やまのうえねばり)です、よろしく」

「ペルソナシリーズがあってよかった、神取です」

いい加減にしろ。こいつらのことは知っているが、いきなり色々言われても何も覚えられない。記憶に残った設定はスパイダーマンだけだ。いやあれは設定なのか?彼女はアメコミ好きだから単に趣味で着てきたのかもしれない。まあいいや、自分の設定を言わなければいいんだから適当にやろう。

カレーを平らげると、本格的にボードゲームに取り組んだ。時間なんてあっという間に過ぎる。アグリコラという重ゲーによって疲弊したころには、すでに日が落ちていた。晩御飯は揖保乃糸。誰も設定について口を滑らせていないので、罰ゲームはなしだ。まあ、この罰ゲームは自分が考えてるだけで本当はなにかわからないけど。何人かは夜中までプレイし続けていたが、アグリコラで頭痛がしてきたので明日に備えて寝ることにする。明日はもうちょっと軽いやつをやろう。

翌日の天気は最悪そのもので、秋にもかかわらず豪雪が吹き荒れている。ここは札幌か?山の天気は恐ろしい。なんにしてもあと二泊はするのだから、その間には止むだろう。というか止んでくれないと困る。八ヶ岳観光はあきらめて、せっせと室内遊戯に勤しむとしよう。しかし設定というのもあんまり意味がないな、昨日は皆ちゃんと名前をキャラクターのもので呼んでいたけど。

「誰か来て!!!!!!!!!!!」

このでかい声は……ルンバか。虫でも出たんだろうか。虫は怖い。まだ寝ておこう。だがしばらくすると、強いノックによって起きざるをえなくなる。

「生きてますか!?」

「無明堂さんか、ルンバが虫にでも刺されたの?」

「いえルンバは無事です……ですが、ごは…米子さんがひどいことに。とにかく来てください」

なぜか外に連れ出されたが、そのわけはすぐにわかった。細長いえんとつの頂上で、突き刺さるようにして米子さんが血を流している。吹雪で見えにくいがあれはたしかに米子さんのはずだ。背中に見えているお米パーカーがそれを物語っている。

「ひとまず食堂に集まりましょう、えんとつに登るのは危険ですし、今はどうしようもありません」

食堂では誰もが暗い表情をしていた。昼ごはんのカレーに手をつける者も少ない。なんなんだこの状況は。苛立ちから思ってもいない言葉が出てきてしまう。

スパイダーマンならえんとつにも登れるんじゃないか?」

「どうしてそういうこと言うの、設定に書いてあったらわたしが人を殺すとでも?」

「やはり人は怖い……でも、ひとまず警察に連絡しないと」

「整腸剤を取りに行くついでに見て来たんですが、電話線もネット回線も切られているみたいです」

「まるでクローズドサークル倉知淳のそういう作品は星降り山荘だっけな」

いまだに設定にこだわり続ける気が知れない。なんにせよここで話していてもストレスがたまるだけだ。レイシなんて隅っこでがくがく震えてる。

「おれは部屋に戻らせてもらう」

立ち上がったその時、片隅からかぼそい声がした。

「ぁ......せって……設定で……ぼ、ぼくが……」

「設定について話すと怒られるらしいよ、ストレスが強そうだからこの整腸剤をあげるよ」

「いいです……その…ぼくが…設定に書いてあって……殺人者の役で……」

本当に設定通りに殺人を犯すやつがいるのか?恐怖よりも理解不可能さが先に襲ってきた。怯えているだけの子犬だと思っていたら狂犬だったのか。こいつは部屋に閉じ込めるしかない。皆動転していたが、ひとまず隔離に成功した。

「あいつを隔離したまま、ひとまず状況の回復を待とう。そのうち雪も止むだろう。もうおれは耐えられない、みんなも各自休んでくれ」

誰もうなずかないが、構わず部屋に戻った。なにも考えたくない。ぼんやりと意識が落ちていった。

翌日。食堂に行くとレイシにカレーを持っていくかどうかで議論が起きていた。が、最終的には自分たちも殺人を犯してはならないという結論になった。万が一の反撃を避けるため、皆で運びに行く。扉の向こうではレイシが死んでいた。ナイフか包丁のようなもので刺された跡がある。呉の嗚咽が響く。誰もがパニックに陥り、てんでばらばらに逃げ去っていく。その場に残ったのは無明堂と自分だけ。

「なぜ彼は死んだと思う」

「この馬鹿げた茶番を本気で信じるなら、設定について触れたから」

「同意見だ。無明堂、お前を信じて言うが、おれは黒幕を知っている。なにも言わずに信じてくれ。ディクシットをしよう」

「ディクシット?この緊急事態にゲームを?」

「信じてくれ」

「何もわからないが、気晴らしになるかもしれないですし、もう少し落ち着いたらやってみてもいいですよ。何か考えがあることでしょうし」

「こんな時こそ、お互いの気持ちを理解することが必要なはずだ、ディクシットはそういうゲームだろ?」

内心で安堵する。設定をこなせば最低限死ななくて済みそうだ。犯人を探すなんて冒険は自分の身の安全を確保してからでなきゃできないからな。もちろん黒幕なんて知らない。それについてはのらりくらりとやるしかないだろう。いや、違うな。むしろ確実に生き延びるためには、黒幕を用意してやる必要がある。それは設定には書かれていないが、偽の黒幕を示すことが出来れば真の黒幕の信用を得られるはずだ。やってやろう。やってやる。こんなところで死にたくない。

3日目の昼、食事の後に意を決して切り出した。ディクシットをなぜやるのか分からないという声は多かったが、気持ちを切り替えようと無明堂や山之上さんが賛同してくれたおかげか、開催にこぎつけた。蝉丸や糸冬、そして神取さんなどは、このディクシットに何かしらの意図がありそうだと鋭い眼光を送ってくる。おそらく寿司マフィアが何かを知っており、ゲームの規約に触れない範囲でそれを伝えようとしていると考えているのだろう。

「じゃあ発案者が親でやろう」

ディクシットが始まる。ディクシットは配られたカードのうち、親が指定するキーワードに該当しそうなカードを出し、シャッフルした後にそれらを並べ、親のカードを当てるゲームだ。実にいいコミュニケーションゲームなのだが、特別な意味を読み取ろうとしている奴らの前では、そんな勝利はどうでもいい。

「では寿司マフィア行きます、キーワードは『潜む』!」

選択したカードは、うねうねと生い茂る茨がナイフを操っているもの。我ながら天才的なカード運だ。彼らもこのゲームの意図を自分たちに都合よく理解しているからだろうが、「潜む」に該当しそうなカードはルールに反して出てこない。彼らが知りたいのは口に出すことはできない親のメッセージだからだ。ゲームを楽しむことなどどうでもいいわけだ。そして正解が告げられる。ここからが本当の勝負の始まりだ。

「茨がナイフを持っている……これが何らかのメッセージだとすると、黒幕の暗示でしょうか?もちろん寿司マフィアさんに直接聞くことはできませんが」

ありがとう神取。そのまま誤読を続けてくれ。

「そんなメッセージが込められてるゲームだったのかー、ストレスがたまりすぎて整腸剤を取ってきたいけど、今はそうもいかなそうだね。もしその通りだとしたら黒幕は倉知さんになるのかな?」

「植物学者というだけで黒幕扱いですか、ディクシットってそんなにストレートなゲームでしたか?」

冷静に反論を続ける倉知の言うことは誰も聞かず、ただただ解放されたい彼らは倉知を隔離した。大成功だ。これで真の黒幕も満足だろう。真の黒幕が倉知だった時には、それはそれでいい。ようやく枕を高くして眠ることができる。あとは雪が止むのを待つだけだ。

だがいつになっても雪は止まらなかった。そればかりか、翌日には無明堂が死に、黒幕をでっちあげたことがバレたために自分も殺されかけた。一瞬の隙を見計らい、「タヌキが呼んでいる!」と叫んで外に飛び出したはいいが、雪山を踏破することはできなかった。数日して息も絶え絶えの状態で戻ってきたはいいものの、もう足が動かない。意識を失う直前に見えたのは、窓際でこちらを眺めて微笑む血まみれの米子だった。

過去からの刺客

 

ディクシット 日本語版

ディクシット 日本語版

 

高尾山に登って祈り、寿司を食べてカラオケをして肉を食べてビリヤニを食べてボードゲームをした。多少元気になった。驚いたのは、寿司よりビリヤニのほうが気分転換になったこと。やはりスパイスが効くんだろうか。汗をかくのが。別の刺激をあたえることで。痛みを上書きしているという自覚がない程度の強度で。 

ディクシットは、配られた絵をもとに順々にお題を考え、他の人がそれを聞いて選んだ絵と混ぜた後、出題者が出した正しいカードを当てるゲームだ。たとえば「振られた日」というお題を出し、ネズミがピーヒャラと笛を吹いている絵を正解に選んだとしよう。他の人たちは、「振られた日」に合うような絵を、自分の手札カードから選ぶ。それをネズミカードと混ぜた後、表にし、数枚のカードから正解を選ぶわけだ。もちろん出題者は回答しない。そうすると、うつむいて落ち込んだピエロのカードなんかが出て、他の人は「これだ!」と思ってそれを選んだりする。非常に例としてふさわしくない気がするが、まあそういうかんじだ。

たしかに振られた日にはおわりピエロのようになるだろうから、他の参加者が出したカードは的を射ていたとも言える。しかし考えてほしい。ネズミの笛の先っぽは蛇になっているのだ。本人はピーヒャラと音色を奏でているつもりが、実際に出てくるものと来たら蛇なのだ。もちろん毒蛇だろう。そして毒蛇は噛み付こうにも笛(つまり振られた人の口)から離れることができず、その毒牙はどこにも届くことはない。ただ単に落ち込んでいるピエロより、よほど道化であると言えないだろうか。

そういうわけで、笛をうまく吹きたいと思っている。

モダンアート

モダンアートについて話そう。

絵の話はしない。ボードゲームである。

モダンアート (Modern Art) 日本語版 ボードゲーム

モダンアート (Modern Art) 日本語版 ボードゲーム

 

ご存知の方はご存知の通り、競りを通して5種類ある画家の価値を高めていくゲームだ。計4ラウンドの競りを行い、一度高い値が付いた画家はどんどん値があがっていくシステム。 巨匠ライナー・クニツィアの三大競りゲームのひとつであり、最高峰のボードゲームのひとつであると言っても過言ではない。個人的には相場をもとにしたソリッドなせめぎ合いが楽しいと感じるが、競り落としたいがために大枚をはたいて負ける愉快さも味わえる。

モダンアートについて紹介される際、しばしば言われるのは資本主義の原理を体感できる云々という話だ。どの画家が高騰するかは美学的な判断ではなく、どれだけ過去に価値をつけられたかによって決定されるので、たしかにそういった一面はある。だが、このゲームの肝はどの画家に投資するか、他のプレイヤーと暗黙裡に探り合うところにある。もちろん最終的には自分がもっとも得をしたいので、共通の価値を作りつつどこかで差をつけなければならない。言い換えれば、他人に得をさせつつ自分はもっと得をすることを目指すゲームなのだ。どこまで同じ船に乗っているかわからない感覚、それが面白い。

さて、モダンアートのシステムと似通っているものが寿司界にも存在する。2人で行く回転寿司である。正確に言えば、2人で行って皿を分け合う機会が発生する回転寿司。仮説を提唱するならば、わざわざ回転寿司の皿に2個(貫については意味が揺れるので個を使った)寿司が乗っているのは、分け合うことを可能にするためなのではないか。当然ながら、すべての皿を分け合うことはそう多くないだろう。お腹が膨れてきた時、とりわけおいしいものがある時、あるいは逆にいまいちだった時、それを分け合うという選択肢が出てくる。一緒に食べに行くのだから、それなりには仲が良いのだろう。基本的に相手にはおいしいものを食べてほしい。しかし自分が最大限おいしいものを食べたいという気持ちもまた確かにある。さあ、どのネタを分け合うか。このようにモダンアートと回転寿司は似ている。現在2680円。値段も似たり寄ったりである。

最後に誰かと2人で回転寿司に行ったことを思い出す。完全に別々に食べたような記憶がある。常にゲームが遊べるわけではないのだ…。なにはともあれモダンアートは傑作です。

日本寿司振興会

【これまでの研究】

 申請者のこれまでの研究は、寿司におけるサーモン偏重主義の批判から始まった。先行研究においてはサーモンを炙る、カルパッチョにするなどのサーモンがメインである前提での多様化が目論まれてきたが、サーモンへの拘泥は全体としての寿司の多様化をかえって妨げてしまう危うさを抱えている。そのためサーモン以外のネタの持つ個性を再考する必要が生じた。

 申請者は北海寿司大学に所属する地の利を活かし、修士課程在学中から釧路発の回転寿司に足を運んだ。その結果、当地ではサーモンだけでなくサバなどが重要な戦力となっていることが明らかになった。とりわけ、関東ではほぼ目にすることのない「たこまんま」すなわちタコの卵という珍味の存在はひときわ光るものがあった。こうした北の寿司ネタたちを食すことで、これからの研究への道筋が開かれた。

【これからの研究】

 これまでの研究において申請者は北の海ならではの味覚を発見したが、これらのネタをプッシュしていくだけでは、これまで取り組んできた問題が改善されたことにはならない。そこでこれからの研究においてはより広範な寿司へと目を向け、寿司のイメージ論の構築を試みたい。

 ボリス・グロイスは、「まさに、内在的で純粋に美学的な価値判断がいかなる意味でも不在であることによってこそ、芸術の自律性は保証される」という視点を打ち出した。簡単に言えば、「自律的な芸術」というお題目のもとに通常理解される「自律的な価値判断」は、外部の権力によって他律的に生じたものではないかということである。従って、芸術とはあらゆるイメージ、媒体、形式の平等性の確証の場でなければならないとグロイスは言う。そうして彼はイメージ産出機械としてのマスメディアとの抗争に我々を駆り立てる。

 グロイスの主張と寿司を別個に思考することはできない。我々は実際、マスメディア的な寿司のイメージに踊らされているのだ。サーモンではなくサバというオルタナティブも、結局のところはイメージのヒエラルキーという舞台上での狂言に過ぎなかった。必然的に、求められているのは寿司の平等性の確証であるということになる。北海道にとっての特産品としてのサバが重要なのではない。現実に不平等である寿司の世界において、それでもなお平等さを保証しようとする寿司の場こそが目指されるべきなのだ。芸術、そして美術館という場に比べれば、寿司のイメージ産出力など無力であるという反論もありえるだろう。しかし、寿司は感触を作り出し、人間に咀嚼を要求する。それが「炙りサーモンはうまい」という既製のイメージに回収される前に、その都度平等な寿司を求めていくことこそが、これからの研究の主眼である。

 

Digital Devil Sushi Saga

「寿司に噛み付き、屠り、喰らえ」

稲妻のようにこの言葉が脳に憑りついたのはいつのことだったか。それまで意識なんてなかった、と今になって思う。感情も。それは喜ばしいことなのか、悲嘆に暮れるのが正しいのか。いずれにしても寿司を、すなわち同胞を喰らうことへの欲求と共に俺たちは寿司として目覚めた。飢餓と共に、生まれた。

 俺たちがライスヤードと呼んでいるこの世界は六つの部族が支配しており、抗争が絶えることはない。なぜかといえば《教会》がそう命じるからだ。互いを屠り、より強い寿司となった者にだけ、ニギリヴァーナへの道が開かれる。今日はそれぞれの族長が集まる《礼拝の日》だ。この日ばかりは敵愾心を抑えなければならない。堅固な守りで知られる「ブルー・シュリンプ」のクルマ、最大勢力「スパライダ」のウワジマ大佐(彼はなぜか大佐というよくわからない称号を名乗っている)、「カリマール」の臆病者トンビ、唯一の女性である「ホンビノス」のメレトリクス、第二位の勢力「スコンブリデ」の鯖法師、そしてわれらが「セリオラ」のリーブ、つまり俺。この場所以外で六人が集まれば、誰一人無事に帰ることはできないだろう。だが、《教会》の権威は俺たちの敵愾心の上を行く。ニギリヴァーナへ行くためにはその法に従わなければならない。

「今日この日から、新たなルールを追加する。ニギリヴァーナへ行けるのは、ワサビシャーマンを確保し、ライスヤードの覇者となった部族だけだ」

《教会》の中心に置かれたスピーカーから、予想だにしない言葉が流れる。メレトリクスがすかさず質問した。

「ワサビシャーマンとはなんだ?」

「お前たちの欲望をコントロールする薬とも言える存在だ。彼女を制した者がこの世界の覇者となる」

スピーカーがこれ以上質問に答えることはなかった。六人は思い思いに《教会》を立ち去り、この日からワサビシャーマンの捜索と争奪戦が始まった。ちょうどこの頃、俺たちは自分の欲望を深く認識すると、魚に近い化け物に変身できることに気付いた。魚に近いと言っても、人によって形は様々だ。生き物ですらないような、霧のような物体に変身する奴もいた。俺の場合は、黄緑と薄緑の筋が入った魚人のような姿になった。俺たちはこの変身を「寿司化」と呼ぶことにした。

ある日、「カリマール」との係争地帯でトンビ率いる部隊と牽制し合っていると、空から巨大な軍艦が降ってきた。まだ寿司化を知らないトンビの兵を喰らった後、恐る恐る海苔を剥がしてみると、敷き詰められた米の上に緑色の髪の少女が横たわっていた。間違いない、ワサビシャーマンだ。だが意識はないようだ。遠くからトンビのかすれた声が聞こえる。

「お前ら…今、喰ったよな!?怖え、お前らバケモンじゃねえか!嫌だ、食われたくない、ワサビシャーマンなんか知らねえけど、ゼッタイニクワレタクネエ!」

彼にも恐怖という形で感情が芽生え、そのことで寿司化が可能になったのだろう。巨大なイカへと変身したトンビを、俺たちはなんとかして倒し、喰らった。そこまではよかったが、トンビを食べ尽くしても渇きが収まらない。味方がエサに見えてきた頃、リズミカルな歌が聞こえてきた。


ORANGE RANGE - SUSHI食べたい feat. ソイソース

ひと通り踊った。

踊り狂うと、不思議と渇きは癒えた。ようやく緑髪の少女が歌っていたことに気付いた俺は、彼女に声をかけた。彼女は当初なかなか心を開かなかった。それもそのはずで、記憶がなかったのだ。俺たちは彼女の記憶を取り戻そうと誓い、そうこうするうちに彼女は大事な仲間になっていった。振り返ると、この頃の俺たちはつらい環境の中で団結し、青春と呼べるような充実した日々を送っていたと思う。奇襲を受け、少女が誘拐されるまでは。すぐに敵はわかった。

鯖法師だ。

 

 

寿司転生

色々あってトラックに跳ねられた。久々の寿司ランチだと思ってはしゃいでいたのがまずかったか。それにしたってあれはひどい。やりきれない人生にやけになった若者の犯行としか思えない。楽しみにしていた麻布十番の寿司が食べられないなんてどうしてくれるんだ。

という風に考えられるのもなぜか俺が生きているからだ。それも見知らぬ草原に横たわって。青空を見つめて。代々木公園に向かっていたわけじゃないんだが。どうなってるんだ。だが聡明な俺はすぐに気付いた——異世界転生ってやつだこれ。となればやることは一つ。

「ステータス!」

予想通り、目の前に半透明のボードのようなものが展開される。それによれば、俺のステータスは以下の通りだった。

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寿司マフィアLv.1

ランク:銀のさら

スキル:配達(Lv.1)申請書(Lv.1)

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え?

もっとこう、戦士見習いとか、そういうのではないのか……。気を取り直して、スキルで何ができるのかを確認していく。配達スキルは効率よく物体を移送できるらしい。瞬間移動ではなく、物体を寿司桶に入れると浮かんで運ばれていくようだ。なんだか奇怪だし、そもそも寿司桶がない。申請書スキルは……これはすごい!所定の書類を10枚ほど書くと、そこに書かれたことが実現するらしい。ドラゴンボールのようなスーパースキルだ。ただし、文章がうまくないと実現しないらしいので、そこは注意が必要だ。なお、このスキルを認識した途端なぜか手にペンを握りしめていた。しかも何やらインクが切れる気配もない。すごい。すごいのだが、なぜインクが切れないことがわかったかというと、それだけの回数この申請書を書いたからだ。まずは寿司桶がないことには配達スキルが活かせないので、寿司桶を申請したいのだが、寿司桶が必要な理由を10枚も書けないので何度も書き直している。修正ペンがないので一回間違えただけで書き直しだ。修正ペンも欲しいがそれも10枚書ける気がしない。

こんなことをしていたら腹が減ってきた。そりゃそうだ、異世界でも腹は減る。寿司桶の前に何か食料が必要だ。スキルいじりをやめて周りを見渡すと、遠くに人影があった。どうやらあちらもステータスに夢中になっているようだ。近づいて声をかけてみよう。

「ハチャー」

なんだろう、奇妙な呪文を叫び始めた。え!?いつの間にか彼の手にはパンのようなものが現れた。すごい、なんて有用なスキルなんだろう。ぜひともお近づきになりたい。

「すみません、もしかしてあなたも転生者ですか?よければ協力できないかと思うんですが」

こうして俺はハチャプリシヴィリと名乗る男と行動を共にすることになった。相変わらず申請書スキルは有効活用できないままだが、ハチャプリというチーズナンのような料理を運ぶのに配達スキルは恐ろしく役立ち、近くにあった町で俺たちは成功し始めていた。そんな時だった、隣町がドラゴンに襲われたというニュースが流れてきたのは。これは生命の危機だ。俺たちは協力して、ついに10枚の申請書を書き上げた。俺たちが求めたのは、「ドラゴンをなつかせるハチャプリ」。ハチャプリシヴィリのハチャプリ生成スキルが上がっていたこともあり、いけるような気がした。だが結果は、思いもよらぬものになった。

面接。

申請書スキルを管理する団体のもとに赴いて面接を受けなければいけないという。そんなことをしていたらドラゴンが来てしまう。というか実際に来てしまったけれど、王都の騎士団が撃退してくれた。なんという空回りだ。ちなみに面接までしたのに採択されなかった。もっといいシステムにできるだろ!

 

復活

僕がロッポンギにあるポールスミスに足を踏み入れると、予想に反してそこに見えたのはいくつかの人影だけだった。全国のスシ・マスターが集まるという話ではなかったのか。もしかすると、はめられたのか。その疑念をかき消すように、入口脇に控えていた緑の派手なスーツ姿の男に呼びかけられた。

「チーズナンの亜種といえば?」

「ハチャプリ」

「では小籠包の亜種は?」

「ヒンカリ」

「よろしい」

この国のほとんどの人間は、チーズナンも小籠包も知らない。だからこそ、同志を確認するための合言葉にはうってつけだ。とはいえ、それで疑念が完全に消えたわけではない。当局にかぎつけられ、スシ・マスターを一網打尽にする罠でないとはまだ言い切れない。取調室のような別室に通され、神経質そうなメガネの中年男の前に座らされた時には、仲間のことだけは漏らすまいと覚悟を決めかけていた。

「我々が欲しいのは、利益をもたらす人間です。あなたがスシについて関心を持ち、調査を行っていることは知っています。ただし我々としても、興味があれば無条件で仲間に入れるというわけではない。そこでひとつ、条件を課すことにさせてもらいます。サヴァンコフの『蒼ざめた熊』は読みましたか?」

「数年前ですが、一読したはずです」

「あれを読めばわかるように、テロリストにはテロリストの抒情がある。そうですね?ですが、我々が求めているのはそういった抒情ではない。テロルを詩と結びつけるつもりは毛頭ない。サヴァンコフはある意味では非常に善良な人間だったが、彼のようなテロリストは我々には必要ないのです。結局のところ、彼らの集団はサヴァンコフの逮捕のあとに瓦解しましたしね。ああいった人間を排して、理知的な派閥を作る必要がある。あなたの人柄やこれまでの実績は問いません。むしろこれまでの活動は足枷にもなりうる。新しく、我々の組織に忠誠を誓う必要があります。それも理知的に。ただし誓わない場合にはどうなるか保証はできかねます」

支離滅裂だ。こんな集団にいてもスシの未来があるわけがない。逃走する前に、最後にこれだけは聞いておこう。

 「すみません、あなたの言っていることはよくわからないのですが、ひとつだけ質問させてください。スシが振る舞われるのではなかったのですか?」

スシの代わりに銃弾を浴びて僕は死んだ。しかし、サヴァンコフも僕もいつかは復活するだろう。亡霊としてであれ、何であれ。